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人事歴約20年、これまでに面接してきた人数は2万人以上という採用賢者、株式会社人材研究所の代表取締役 曽和利光氏。前回は、新卒採用の評価項目と基準について伺いました。今回は、新卒採用にとって大切な採用活動である、「母集団形成」についてインタビュー。売り手市場にある現在、どのように母集団を形成すべきか、効果的な手法はないのかと、多くの企業が悩みを抱える中、採用成功に向けた取り組みの極意を教えていただきました。
前編:若き採用担当の悩み③採用の評価項目設計と評価基準【第3回 採用賢者に聞く】

――新卒採用では、母集団を形成してから学生をピックアップしていくのが一般的な流れです。まずは、この母集団形成の大切さを教えてください。
最高の採用というのは、「一人採りたいときに、一人だけ応募があって、その人が素晴らしい人材で、採用に至ること」と思われがちです。しかし、面接官の評価にバイアスがかかる以上、その一人が本当にベストな人材だとは言い切れないでしょう。私自身、これまでに2万人以上面接を実施してきましたが、人を評価することについていまだに絶対的な基準を持てずにいます。なぜならば、人は人を相対的にしか評価できないからです。
母集団形成で「質」と「量」どちらを重視するべきかという問題がありますが、私は、両者が補完的なものだと考えています。人が人を相対的にしか評価できない以上、採用する人材の「質」を重視するのであれば、一定数の母集団を集めて比較検討する必要があるからです。
ではその際、どれくらいの「量」を集めればよいと思いますか?あくまでも個人的な実感値ですが、逆算で求めてみたいと思います。中小企業ならば、選考を受けた学生の合格率は10%が平均だと感じます。そのため、エントリー数は、採用したい人数に対して10倍が基準と考えてよいでしょう。知名度の高い大企業であれば、合格率が1%~5%ぐらいなので、エントリー数は、20倍~100倍が目安になると思います。
さらにプレエントリーから、エントリーする学生の割合は1/3程度というのが実感値です。このことから、プレエントリー数はエントリー数の3倍は必要と考えます。以上の考え方をまとめると次の図のようになります。
採用1人あたりの母集団形成の平均(参考値)
| 企業種別 | プレエントリー数 | エントリー数 |
|---|---|---|
| 中小企業 | 30人 | 10人 |
| 知名度の高い大企業 | 60人~300人 | 20人~100人 |
要するに、中小企業において、1人を採用しようと思ったら、10人の面接をするのが平均的だと考えます。そして、その10人に面接を受けてもらうために、30人のプレエントリーが必要になると言えるでしょう。
これを一つの目安にすることで、母集団形成の課題が見えてきます。たとえば、プレエントリーからエントリーに移行した人数が1/3以下の場合は、平均的な企業よりも選考への誘引がうまくできていない可能性があります。つまり、そのぶん他社より、学生を比較検討して「質」を吟味できていないかもしれないのです。
考えられる要因
| ・エントリーシートの課題が多く、ハードルが高い ・わざわざ遠方での面接を要求している |
このように要因を見つけ出すことができたら、改善することが可能です。エントリー数は企業側の努力で増やすことができます。プレエントリーは、媒体を活用したプロモーションが必要なので、コストが掛かります。もしエントリーに移行する割合が低い場合は、やみくもにお金をかけてプレエントリー数を増やす前に、まずはエントリー数を増やすことに力を注ぐべきだと考えます。逆に、エントリーに移行する割合が高い場合、プレエントリーを増やせば、まだまだ吟味して「質」を高められる余地があるとも言えます。

――採用する人材の質を担保する以外に、母集団形成のメリットはありますか?
プレエントリーで個人情報を集めておけば、やりなおしができるというメリットがあります。選考でよい人材が採れなかったとき、プレエントリーのリストから未エントリー者に再度アプローチをかけられます。のちのちアプローチできる数を確保するためにも、プレエントリー獲得の時期は重要です。特に、就活ナビサイトがグランドオープンする3月は、プレエントリー数を一番獲得しやすいので、この時期を逃してはいけません。あとからプレエントリー数を増やそうとしても、就活が進んでいる学生に目を向けてもらうのは至難の業と言えるでしょう。
関連記事:母集団形成とは?一般的な手法と求人媒体別のメリット
――従来の母集団形成の方法についてどのようなものがあるか教えてください。
2つの方法があると考えています。私はこれを「オーディション型」「スカウト型」と呼んでいます。
オーディション型
広告などの手法でプロモーションし、学生からのアプローチを待つ受動的な方法。
| ・就活ナビサイト ・合同説明会 |
なかには、学生街の看板やサイネージなどをジャックし、求人を募る企業もあります。
スカウト型
企業側から、学生にアプローチする能動的な方法。
| ・大学のOB ・OGを通じたリファラル採用 ・スカウトメディア |
「スカウトメディア」は、登録している学生に対し、企業側が検索してアプローチできるというものですが、とくに、理系学生向けのメディアが多い印象です。
最近のトレンドとしては、オーディション型からスカウト型にシフトしています。リファラル採用に対して、意欲を示している企業も増えている印象です。これは、現在売り手市場にあることが大きな要因です。総務省統計局の「労働力調査(基本集計)2020年(令和2年)平均※1」によると、労働力人口が2020年から減少傾向にあります。それまでは、毎年 300万人ほど労働力人口は増加傾向にありました。これは、働き方改革で女性の正規雇用が増えていたことが要因として大きいと思います。それが、とうとう少子化の影響を受けて減り始めました。これによって人手不足は激化し、今までオーディション型で人を集められていた大企業も、人材の確保が難しくなってくるでしょう。そのため、大企業でもスカウトメディアを活用する流れになり、採用のトレンドがオーディション型からスカウト型へと加速度的にシフトすると予想しています。

――就職活動が早期化していますが、それにともない母集団形成の時期も早まるのでしょうか?
案外、早まらないのではないかと予想しています。学生と企業のマッチングは、よく恋愛や結婚にもたとえられるので、わかりやすいよう、例をあげてみましょう。大学1年生から企業にアプローチすることは、恋愛でいう「中学生の初恋」のようなものです。また、結婚に「適齢期」があるように、就活も学生の準備が整った万端の時期というのがあります。学校生活に注力している学生が就職を意識し出すのは、やはり早くても3年生の夏ぐらいになるでしょう。実際、それより早い時期にインターンシップなどで積極的に学生にアプローチした企業がその学生を獲得できたのかというと、私の知る限りでは、すべて無駄打ちに終わっています。
――「早めに動かないとよい学生を集めることができない」、と不安に思う企業に何かアドバイスはありますか?
確かに、就活をいち早くスタートしている学生には、優秀な人材も少なくありません。しかし、このように就職活動を意識高く取り組んでいるタイプの学生には、「有名企業やブランド企業に入りたい」という志向が強く見られます。よほど採用力に自信がある企業でなければ、かなりハードルは高いと思ってください。それよりも、一般的な時期に就職活動を始めた学生をターゲットに、母集団を形成したほうが合理的です。最適な時期をあえて選ぶとしたら、繰り返しになりますが3月の就活ナビサイト解禁直後です。このとき学生が一斉に動き出すので、その機会を逃さないようにしたほうがよいと思います。
※1 参照:労働力調査(基本集計)2020年度(令和2年度)平均|総務省統計局
――近年、SNSやエージェントを活用する手法も注目を集めています。それらについて、どのようにお考えでしょうか。
SNSを活用した採用手法について
広告発信やダイレクトメールでつながることもできるので、オーディション型とスカウト型の中間ぐらいの手法と考えています。ただし、SNSを新卒採用領域で活用できている例は、ほとんど見当たりません。学生が検索しても、プラットフォーマーのアルゴリズム次第なので、上位に出てくるとも限らないのです。また、学生以外も大勢いるようなコミュニティのため、就活生向けのコンテンツを情報発信して、採用をアピールしても非効率になってしまいます。SNSで時間を取られてしまうよりは、学生が確実に利用している就活ナビサイトを活用したほうが効率がよいかもしれません。
エージェントを活用した採用手法について
就活の後半戦で活用するといいでしょう。就活が進んでいくと、せっかく集めた学生が他の企業に内定してしまうなど、母集団のリストは歯抜けの状態になりがちです。そのような状況に陥ってしまった企業と、母集団に入っておらず、まだ内定が獲得できずに就活を続けている学生はマッチングされにくいので、エージェントに取り持ってもらうのも一つの方法です。しかし、コストがかかるため、母集団が十分に形成されている時期であれば、まずは手持ちのリストを重視すべきでしょう。

――手法を選ぶ際に、他にもアドバイスはありますか。
最近は、複線型選考に取り組む企業が多くなっています。「就活ナビサイト」「スカウトメディア」「リファラル採用」など、手法を一つに絞らず活用している企業です。ポイントは、求める人物像によって手法を使い分けている、ということ。
| 例:体育会系の学生をたくさん採りたい場合 体育系の部活に専念していているため就活意識は低い ↓ リファラル採用でOB・OGを通じてコンタクトをとる |
また、すべての手法を使って網羅的に学生を追いかけるのではなく、手法ごとに力の入れ具合を変えるのも重要なポイントです。
| 例:一般の学生1、体育会学生3の割合で採りたい場合 ・就活ナビサイト:1 ・リファラル採用:3 |
上記のようなバランスで取り組んだほうが効率的ですし、効果も期待できるでしょう。
――母集団形成を実施する際の進め方について教えてください。
母集団形成は以下の2つのステップで進めてみてください。
1.過去のデータから逆算する
採用予定人数と過去の自社のデータをもとに、エントリーでは何人必要で、そのためにはプレエントリーは何人必要かと逆算して、まずは母集団のボリュームを決めます。その際は、先述した「中小企業ならば、プレエントリー数はエントリー数の3倍」といった平均値を参考にしていただきながら、世の中の景気の動向や過去の求人倍率などにも留意してください。
2.求めているタイプに応じた手法を選定する
求めている学生(集めたい人)に応じて、最適な手法を選びます。
| ・体育会系→リファラル採用 ・偏差値の高い学生→スカウト ・理系学生→理系向けナビサイト |
このとき、手法ごとに何人集めるか、解像度を高めて設定したほうが、費用対効果をより高められると思います。

――最後に、母集団形成の極意とは何でしょうか。
基本中の基本ですが、ブルー・オーシャンを狙うことです。多くの企業が、早期に動くような学生を狙います。しかし、そこはレッド・オーシャンなので、なかなか採用につなげることができません。そこを狙うよりも、普通に就活をスタートした学生を100人集め、そこで母集団を形成するほうが容易なのです。
大事なのは、自社にとって優秀な人材を採用することです。たとえ、一流大学でなくても優秀な学生はたくさんいます。むしろ、ブルー・オーシャンのほうが数を集めやすく、競合も少ないので、質の高い学生を獲得しやすくなります。ぜひ、少ない労力で、よりパフォーマンスの高い採用活動を実現してください。
株式会社人材研究所
代表取締役
https://jinzai-kenkyusho.co.jp/
リクルート人事部ゼネラルマネジャー、ライフネット生命総務部長、オープンハウス組織開発本部長と、人事・採用部門の責任者を務め、主に採用・教育・組織開発の分野で実務やコンサルティングを経験、また多数の就活セミナー・面接対策セミナー講師や情報経営イノベーション専門職大学客員教授も務め、学生向けにも就活関連情報を精力的に発信中。人事歴約20年、これまでに面接した人数は2万人以上。2011年に株式会社人材研究所設立。