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前編に引き続き、評価制度を導入したケース・スタディをご紹介。2例目に当たる今回のクライアントはNPO法人です。こちらの法人は、年功序列で報酬が決まっており、それ以外は設立者であるトップが直接職員を評価していました。しかし、組織が大きくなり、トップだけで評価することが次第に困難になってきたのです。将来トップが世代交代したときのことも見据え、新たに人事評価制度を導入することになりました。そもそもトップ以外が「評価する」文化がない組織に対して、どのようにして制度をつくり上げ、導入することになったのでしょうか。今回も株式会社人材研究所のシニアコンサルタント、安藤健氏にお話を伺いたいと思います。
前編:人事評価制度の作り方⑤MBOが機能しない?企業における刷新実例【第5回 人事のプロに聞く】

――どのようなクライアントだったのか教えてください。
300~400名の職員が働くNPO法人です。財源が寄付金で賄われているため、一般的な民間企業のように売上や利益による評価は当てはまりません。この法人の場合、トップに人の目利き力があり、評価を本人直々に行っていました。ただ、組織が10~20名程度なら、そのやり方でも十分でしたが、いまや大組織になってしまったので、職員のなかには、トップと顔を合わせたこともないという人も。トップが全職員を評価するというのは困難な状況でした。
――職員の報酬はどのように決まっていたのでしょうか。
基本的には年功序列です。国家公務員の報酬制度に準じていたので、そもそも人事評価制度はなく、在籍する期間が長ければ長いほど給与が上がっていく環境でした。
――では、どうして人事評価制度を導入することにしたのでしょうか。
理由は2つあって、一つは若手職員が定着せず、人材が流出していたためです。いくらパフォーマンスを上げても、どんなに夜遅くまで頑張っても、年功序列で報酬が決まっていては、報われることはありません。そのため、短期的に成果を評価してくれる民間企業に、優秀な人材がどんどん流れている状況でした。そこに危機感を持った現場は、活躍している人材を留めておきたいという思いから、成果や行動を評価する人事評価制度を導入すべきでは?と考えました。
2つ目は、将来トップが交代したときに、現行のトップの評価に頼った体制では、組織を維持することが難しいと判断したからです。これまでは、設立者でもあり、目利きのできる現トップだからこそできていたと思われるような評価環境でした。しかし、今後、新たなトップが誕生し、いくらその人が優れていたとしても、今と同じように評価できるでしょうか?きっと、不可能なはずです。そのため、世代交代後に自走できる人材評価制度が必要だと考えました。
――組織にとっては初めての人事評価制度だったわけですが、導入にあたっての課題はありましたか。
最大の難関は、トップが制度という決められた枠組みで人を評価することに後ろ向きだったことです。社会貢献性の高い事業を展開する法人ですから、その理念に共感し、がむしゃらに頑張る人材が求められていました。だからこそ、その頑張りに対して決まりきったものさしで評価したくない、という強い思いをトップは持っていたのです。つまり、今回のミッションは、トップを納得させつつ、人事評価制度の導入によって、新人が頑張れる環境にすることです。

――課題解決に向け、人事評価制度をどのように設計していきましたか。
まずは、状況の分析からスタート。「頑張っているのに報われない」という現場の不満をさらに細かく分析した結果、「トップと一緒に仕事ができるかどうか」という環境に対しての問題が見えてきました。トップがそばにいれば、自分の働きぶりを見てもらえるため、トップの判断で役職手当がついたり、報酬が上がったり、という恩恵を受けやすくなります。しかし、若手の職員たちはトップの目の届く範囲で仕事に取り組むチャンスが少なく、働きぶりを評価されにくい環境下にいました。また、若手のモチベーションを上げるには、「目立たないことで頑張っている人でも、この組織はしっかりと評価してくれる」という明確なメッセージを発信する必要がありました。
この法人は、新卒で入職した職員がほとんどでしたから、年功序列でミドル層がそのままマネージャーになっています。本来の「マネージャー」とは、メンバーを評価する側の人間でなくてはなりません。しかし、彼らは「これまで評価したことも、されたこともない」という環境にいたため、評価すること、されることに対する強い恐怖心を抱いていました。これをどのように払拭するかが重要な課題でしたね。
――「評価」という文化のないところに、どのような方法で制度を導入したのですか。
一気に導入して急激に変化されば、強い拒否反応が出ることはわかっていましたから、3カ年計画を立て、じっくりと時間をかけて取り組むことにしました。
| ●1年目:「評価思想」をつくりあげる すべての職員に「活躍しているのはどんな人か」というヒアリングを実施。この情報収集を通じて、評価項目や評価基準の骨子を作成しました。「このような人が活躍できる」という認識、いわゆる「評価思想」をつくりあげたんです。さらに、これらの施策を通じて、若手には「評価制度をつくっているらしい」「これから何か変わるかもしれない」と感じてもらえるような、一種のメッセージになればと考えました。 ●2年目:「評価思想」を浸透させる 1年目で作成した評価項目・評価基準をもとに、評価シートをつくって、実際の職員をプレ評価するワークショップを実施。実際にどのように評価すればよいのか、どう評価されるのかを、学んでもらいました。これによって、現在の働きぶりで評価が高くなる人と低くなる人が見えてきたんです。また、このようなトライアルの実施をすると、導入後に起こり得るであろう職員の反響が想定できるため、施策の改善に生かすことができました。こうした運用面とあわせて、評価制度とそれに紐づく報酬制度も裏側で整備を進めていきました。 ●3年目:新人事制度を導入 完成した新人事制度に対する評価者研修、被評価者研修を実施し、運用をスタート。しかし、評価する側もされる側もすべてが初めての経験です。今まで見えていなかった、その人の価値がはっきりと示されてしまう「評価」という行為に、職員はとてもセンシティブになっていましたから、これについては、かなり慎重に進める必要がありましたね。 また、NPO法人は寄付で成り立っているため、社会に対する説明責任もあります。世の中から妥当だと認められる人事制度をつくる必要があったため、時間をかけて練り上げて、導入したという背景もあります。 |
――今回、導入した評価制度について、詳しく教えてください。

評価に用いる手法としては、次の2つを採用しました。
●バリュー評価
行動規範を評価するもので、組織が掲げていた5つのバリューに対し、再現できているかどうかを測ります。全ての意思決定や行動がミッションに向かっている“ミッションドリブン”な組織だったため、この手法を採用しました。
●目標管理制度(MBO)
前編で話した事例では廃止した「目標管理制度(MBO)」を、本ケースにおいては導入。この時、組織の実態に合わせるため、あえて評価項目を定めることはしませんでした。というのも、一人ひとりの業務が明確にわかれていなかったからです。たとえば、「メインの業務は受付窓口だけれど、イベント開催のサポートもやるし、お客様との面談もする」というようにさまざまな業務が重なっていました。また、メインの業務も時期によって変わるなど、かなり流動的な側面も持ち合わせていたのです。
そこで、目標管理制度(MBO)を用いて、次の6カ月で何をするのかを上司との面談で決めて、その達成度合いを評価することにしました。もちろん、目標管理制度(MBO)が機能するように、基本である課題の決定、ゴール設定、アクションプランの策定はしっかり実施しています。さらに、評価に客観性を持たせるため、エビデンスに基づいて点数をつけるなど、運用のルールも細かく設定しました。

――今までになかった「評価」という業務が増えることに対して、現場の抵抗はありませんでしたか。
それについては、NPO法人ならではの特殊な事情があります。一般の民間企業は、目標達成を死守しなければ経営が崩れるので、まずは売上をつくることが最優先になりがちです。しかし、NPO法人は寄付で成り立っているため、一般の民間企業のように売上のための「タスクや期限」に追われることはありません。そのため、自身が担当している「通常」業務に加えて「評価」業務が増えたとしても、日々の時間調整がある程度可能なことからさほど抵抗感もなく、すんなり受け入れられてもらえたのです。
一方で、やはり評価という行為そのものに対する不安の声が多く寄せられました。そこで、「評価を受け入れる文化」をつくるところから、実践的なスキルの修得まで、一つひとつ丁寧に研修でフォローすべきと考えました。具体的には次のような研修です。
| ●レゴ(R)シリアスプレイ(R) レゴ(R)シリアスプレイ(R)とは、レゴ(R)ブロックを用いた作品づくりを共同で行う非言語コミュニケーションの研修プログラムです。共同作業を通じて、仕事上の本質的な課題と対峙することを目指しています。今回は、各人に、レゴ(R)で法人の理念を体現してもらい、それを持ち寄って一つの作品をつくってもらいました。研修のゴールは、「全員がこの法人の理念の体現者であり、そのためのバリュー評価は意味がある」と理解してもらうこと。つまり、一人ひとりがバリューを再現すると、何を目指せるのか、ということを感覚的につかんでもらいたかったのです。 ●評価の実践研修 目標管理制度(MBO)では、部下とどのように目標設定をすればよいのか、といった実践的な内容をマネージャーに学んでもらいました。さらに、「評価は職員の成長を支援するもの」という大前提についても理解を求め、具体的かつ定量的なフィードバックの重要性とその方法についてレクチャーをしました。フィードバックは、行動変容を促すものなので、ポジティブな評価、部下のやる気を向上させる評価を実施するためには、どのようにすればよいのか、といったことを身につけてもらいたいと考えました。 |
――人事評価制度の導入に否定的だったトップには、どのように理解を求めましたか。
設立者であるトップには、「将来的には世代交代しなければならない」「自ら評価し、自走する組織づくりが必要」と理解していただきましたが、評価とは経営の意志が反映されるものなので、ここは無下にはできません。
最終的な落とし所としては、評価制度とトップによる評価の割合を、それぞれ50%ずつに設定。評価に対するトップの影響力を大きく残した形にしました。もちろん、このパーセンテージは、何度となくディスカッションした結果の数値です。個人の頑張りを、決まりきったものさしで評価したくないというトップの意志と、脚光を浴びにくかった若手の活躍を正当に評価したいという現場の意志、それぞれを実現する折衷案と言えるでしょう。

――刷新した評価制度によって、どのような変化が見られますか。
私は、評価に関する研修とは別に、新入職員研修や若手職員研修なども担当しています。その中で、「上司が見てくれていると感じる」「頑張っていこうと思う」といった、未来に希望を持った声を聞くようになりました。これは、とても良い変化だと感じています。
一方で、新たな課題も発生しています。マネージャーのなかで、評価ができる人、できない人が顕著になってきたのです。年功序列で昇進してきたため、管理者として適任ではないケースが、どうしても出てきてしまいました。そこで、評価者研修と面談を重ねて、マネージャーの評価スキルアップに根気強く取り組むことにしました。これは同時に、昇進や昇格の制度にも課題があるということですから、そのあたりについても、徐々に整備していく必要があると感じています。今後、「マネジメント」コース、「プロフェッショナル」コースなど、「キャリアパス」などを設ける可能性もありますね。
――最後に、人事評価制度をつくるときに重視すべきポイントを教えてください。
人事評価制度は、「誰が」「いつ」「何を評価するのか」という3つに集約されます。制度の枠組みとしてはそれほど難しいものではありません。しかし、それをどのように運用していくのか、という方針を決めなければ、十全に機能しないのが評価制度の大変なところなのです。方針を決めるとき、大事にしてほしいのは、今、自分のいる組織がどのような状況にあるのか多角的な視点で検証することです。議論の余地もなく、現場に有無も言わせないまま、評価制度を押し付けてはいけません。現場で働いている人が心から納得し、自分の強みが何か、何を目指せばよいのかが明確になる評価制度を目指して欲しいと思います。