お役立ち記事

人事評価制度を刷新するとき、人事のプロはどのような点に着目し、どのような施策を講じるのでしょうか。当記事では人事のプロが実際に経験した2つのケース・スタディを前編・後編の2回に分けて紹介します。今回お話を伺うのは、株式会社人材研究所のシニアコンサルタントである安藤健氏。紹介する一つ目の事例は、とあるSES企業の人事評価制度の刷新についてです。目標管理制度(MBO)による評価を実施していましたが、部下の納得度が低く、うまく機能していなかったとのこと。いったいどこに問題があったのでしょうか。
――まずは安藤さんが担当されたのは、どのようなクライアントだったのかを教えてください。

システムエンジニアを常駐派遣している、SESの企業です。従業員数は約150名で、そのほとんどが派遣されるエンジニアです。組織としては、上司一人につき15名ほどの部下を抱えて、マネジメントしている状況でした。
――人事評価の改善依頼を受けた背景には、どのような課題があったのでしょうか。
評価に対して、被評価者が納得感を持つことができず、人材が定着しないということが課題でした。同社は、「成果」と「行動」を評価の対象としており、「成果」の評価基準となっていたのは、そのエンジニアを1カ月派遣するとき、クライアントからSESの企業に支払われる料金です。たとえば、新人エンジニアは30万円ですが、シニアエンジニアになると80万円、というように、エンジニアのスキルや能力に応じて金額が設定されていました。これは、エンジニアの「個人売上」とも言えるので、「成果」の評価として利用されていたのです。数字が明確で、SES業界でも一般的な指標になっていたので、特に問題を感じませんでした。
しかし、もう一つの評価対象である「行動」にはいくつかの問題がありました。本来、目標管理制度(MBO)は、「何を」「いつまでに」「どのようにできるようになるか」という目標やスケジュール、アクションプランを明確に設定するものです。しかし、この企業では、社員それぞれが目標を設定してその達成度合いを評価しているような状況でした。そのため、「○○を頑張る」というような、定性的で客観性のない目標が設定されるケースが往々にしてあったのです。また、目標のレベルも「体調を管理する」といった簡単なものから、「資格を取得する」「プロジェクトを完遂する」といった難易度の高いものまでさまざま。それにも関わらず、達成度はすべて同列で評価されており、さらに、多くの上司は被評価者の自己評価をそのまま受け入れて、容認していたことが分かりました。
――なぜ、このような状況を生み出してしまったのでしょうか?
この評価制度は、上司が部下の働きぶりを知るチャンスが少ないことに原因がありました。なぜならば、この企業では、エンジニアが1~3名ずつプロジェクトに派遣されており、上司と部下が別々の現場に常駐しているケースがほとんどでした。お互いに普段から顔を合わせることがなく、働きぶりを十分に熟知・把握していないため、「正当に評価されていないのでは?」という現場の不審・不満が徐々に募っていったのです。
――クライアント自身が気づいていない課題はありましたか。
現場の規律意識に問題がありました。私が人事評価制度についてコンサルティングするときは、組織の現場の規律意識に問題がありました。私が人事評価制度についてコンサルティングするときは、組織の状態を客観的に把握することを重視しています。そのために、まず社員の皆さんへ網羅的にインタビューを実施して、現場で感じている課題を掘り起こすようにしています。ほかにも、社員への適性検査を実施し、パーソナリティも抽出したりしていますね。同じことをこの企業でも実施した結果、経営層も知らなかった「規律意識の低さ」という社員の課題が見えてきました。そのため、人事評価制度を社員の育成目標にしていく必要があると考え、改善すべき旨を経営層にぶつけて、了承を得たというわけです。

――これらの課題解決のため、具体的にどのようなことをしましたか。
ひとつは顧客評価を採り入れたこと、そしてもうひとつは自己評価シートへの記入はエビデンスベースに変えたことが挙げられると思います。
取り組み1:顧客評価を採り入れる
この企業の場合、常駐しているエンジニア働きぶりを一番間近で見ているのは、常駐先であるクライアントでした。そこで、行動評価に客観性を持たせるため、常駐先の顧客評価を採用したのです。もちろん、「エンジニアを評価してほしい」とそのまま依頼すると、クライアントにとっては単なる負担でしかないので、顧客満足度調査という立て付けで実施。さらに、行動評価のウェイトを、上司評価4割に対し、顧客評価6割と高めに設計することによって、行動評価の客観性を高めたのです。
取り組み2:自己評価シートはエビデンスベース
評価シートを記入する際のルールを厳格化しました。「何を」「どれくらい」「どこまで」できるようになったのか、明確にするよう徹底したのです。これまで評価は5点満点で設定されていましたが、「私は5点です」と社員の自己評価がつけられていても、なぜ5点なのかという理由が上司にはわからない状態でした。これではただの印象評価になってしまい、社員の不満が生まれやすくなります。そこで、社員自身が付けた点数に対し、具体的なエピソードを記入できる欄を設置しました。この記入が抜けている場合は、評価せずに差し戻す、ということを徹底したのです。

――評価基準・評価項目は、どのように設定しましたか。
まずは、目標管理制度(MBO)を評価に取り入れることを廃止しました。目標のレベルが各々バラバラな上、自己評価で概ね決まってしまうと妥当性や公平性はありませんからね。やはり、共通の評価項目や評価基準による、同一のものさしが必要なんです。
続いて、目標管理制度(MBO)のほかに、求める人材として「きもちよい挨拶ができる」「協調性を持って仕事に取り組んでいる」といった評価項目・評価基準も設けられていたので、こちらをベースに、新しい評価項目・評価基準を考えました。ただ、その数が約10項目もあったため、少し多いのではないかと感じたんです。項目が多ければ、評価にかかる工数も増えますからね。また、よくよく見ると「報・連・相ができている」と「情報提供、情報発信している」という項目のように、重複する内容も出てきました。
そこで、過去3年間の評価シートを振り返り、各項目の相関性を分析してみたのです。このように相関性の高い項目をまとめることで、評価項目の厳選を行います。たとえば、「報・連・相ができている」は、「能動的に行動している」と「遂行スピードが早い」という項目と相関性があります。しかし、「能動的に行動している」と「遂行スピードが早い」には、相関性がないので、この2つを残し、「報・連・相ができている」は割愛する、という方法です。これらをブラッシュアップして、最終的には以下のようになりました。
| 評価項目 | 評価基準 | 点数 | 具体的なエピソード | 評価者 |
|---|---|---|---|---|
| 自立性 | 指示待ちではなく、業務に能動的か。 | 顧客・自己・上司 | ||
| 積極性 | 担当以外の業務にも、積極的に業務に取り組んでいるか。 | 顧客・自己・上司 | ||
| 方針の理解 | 経営層の方針を理解し、実現のために日々行動しているか。 | 自己・上司 | ||
| 営業支援 | 現場の状況を営業に報告し、アップセルを叶えられるように連携できているか。 | 自己・上司 | ||
| 教育支援 | 新人育成や、他の現場のメンバーとのノウハウの共有ができているか。 | 自己・上司 | ||
| 社内改善 | 会社をより良くするため、社内の課題に対して施策立案できているか。 | 自己・上司 |
この評価項目と評価基準をもとに、まずは自己評価をしてもらいます。そして、点数とその根拠となる具体的なエピソードを評価シートに記入してもらい、そこに上司評価と顧客評価を加味して、総合評価を出すことにしました。
――このほかにも、人事評価制度で刷新したことがあったら教えてください。
等級制度を採用しています。この企業には、等級制度がなく、ベテランも新人も同じフィールドで評価されるため、いつまでもベテランが勝ち続け、新人の評価は低いままという不平等感が生まれていました。等級が設定されれば、同じ級で比較できるため、新人の中でも優秀な人が評価されるようになりますし、ステップアップのための次の目標が明確になるので、自分磨きにつながると考えたんです。
等級は、そのエンジニアを1ヶ月派遣するときの金額を基準に分けました。ただ、実際の金額だと、あまりにも生々しいので、別の単位に置き換えました。たとえば、ある等級の基準を「金額30万~50万円」と表現するのではなく、「STR(攻撃力)30万~50万」というような形です。これをマニュアルにも落とし込み、社内で共通言語化してもらいました。このように、共通言語のアイデアを練ることも、人事評価制度では重要なポイントです。なぜならば、一般的に人事評価制度は、評価者・被評価者・第三者の3名で行うことが多い上、行動評価や成果評価のようにある程度の決まったオプションの組み合わせで成り立っているため、どの企業もそれほど大きな違いは出ません。
では、経営側のメッセージをどこに乗せるかというと、表現の方向性や、使われる名称などになります。たとえば、「等級制度」を「キャリアパス制度」と呼ぶと、成長を促すメッセージが含まれているように感じませんか?この企業の場合、社員の年齢層が格闘系の人気少年漫画に夢中になった世代だったので、「STR(攻撃力)」というワードでワクワク感を生み、成長へのモチベーションアップを狙うことに成功しました。

――依頼を受けてから、運用スタートまでどのくらいの期間がかかりましたか。
約8カ月です。社員インタビューを行い現場の課題の掘り起こしをしたり、適性検査で社員のパーソナリティを把握したりするなど、最初の2~3カ月は、状況把握に時間を費やしました。そして、残りの半年は、新しい人事評価制度を設計するにあたり、経営層や人事部との調整を重ねていました。
――人事評価制度を改めるときにもっとも注力するポイントはどこだと思いますか?
それは、経営層に「理解を求める」ことです。人事評価制度は、企業が求めている人材をベースにつくそれは、経営層の「こうしたい」という意思を最大限踏まえつつ、現実的な落としどころを探すことです。人事評価制度は、企業が求めている人材をベースにつくられるため、経営層の意志が強く働いています。たとえば、今回は従来の評価項目にあった「報・連・相」を割愛してはと提案しましたが、この項目には経営層の熱い思いがありました。こちらの企業の経営方針は、新卒や第二新卒のように社会人経験の浅い人材を、エンジニアとして育て上げることなので、人間力の養成を何より重視しています。
社会人マナーの基礎である「あいさつ」や「報・連・相」が評価項目に入っていたのもこの理由で、「これらは、経営からのメッセージでもあるので、残しておくことに意味がある」という意見もありました。しかし、評価に対する工数を最適化することは、評価する側・される側の両方にとっても必要なので、経営サイドと現場サイドの意見をもとに、何度もディスカッションを重ねました。
そして、結果として「あいさつ」は評価項目に残しましたが、「報・連・相」は、評価項目に入れず、日々のマネジメントのなかで指導していく、ということになったのです。評価制度の作成は、このような経営の意志と現状のせめぎあいの中で、落とし所を見つけていく作業でもあるのです。

――刷新した評価制度によって、従前の課題は解決したのでしょうか。
上司と部下が別々の現場に常駐していて、評価に納得感がないという点に関しては、客観的な顧客評価を加えたことにより、かなり改善しました。新しい評価制度へのフィードバックについて定期的にアンケート調査をしていますが、評価に対する不満度は低減しているように感じます。
――運用面に関しても何かしらのアドバイスや施策を行いましたか?
はい。運用面にもテコ入れを行い、それによる影響も大きかったと思っています。人事評価制度の成功要因は、設計2割、運用8割と言われており、制度がうまく機能しないのは、運用が回っていないケースが多くあります。この企業も例外ではなく、そもそもの根本的な課題は、「上司が部下の仕事を把握できず、適切にフィードバックできていない」という点にありました。
それを解消するために、月1回、上司と1on1ミーティングを実施。評価シートをもとに、何が達成できていて、何が達成できないのか、エビデンスベースでリアルタイムにフィードバックしてもらう目的です。上司と部下が別々の常駐先の場合は、中間地点に集合して、カフェなどで面談を実施。もちろん、その際の経費は企業側が負担しました。
マネジメントが目指すべきは、ノーサプライズです。たとえば、6カ月間、何も言わずに放置した末に「全然できていないよ」といきなり突きつけるより、「毎月言ってきたよね」とこまめに言うほうが、納得感が上がります。厳しい評価ほどノーサプライズであるべきです。何より、毎月フィードバックがあることで社員の成長は促されて、最終的な評価が下るまでに挽回するチャンスも与えられるわけです。これは、企業と社員にとって共にメリットと言えるのではないでしょうか。
もう一つ、自己規律性が低いという、組織的な問題がありましたが、こちらも改善が見られ、今では自もう一つ、自己規律性が低いという、組織的な問題がありましたが、こちらも改善が見られ、今では自分磨きをする技術者が増えてきました。「頑張れば評価される」という実感が被評価者に生まれたこと、そして等級制度を設定したことで「STR(攻撃力)が上がれば、等級が上がって、年収も上がる」と明確な目標を持てるようになったことが要因でしょう。
人人事評価制度に完成形はありません。刷新したことで、また新たな課題が浮かんでくることもあります。今後も現場の大小さまざまな声を拾い上げて、常に改善を続けていきたいと思っています。
後編:人事評価制度の作り方⑥努力が報われる組織を目指したNPO法人の取り組み【第6回 人事のプロに聞く】